操体・操体法について(2009.5.24更新)

操体法大辞典(Blog) も御覧下さい。


操体を言葉で定義するのなら
「快適感覚をききわけ、味わう」という抽象的な言葉になってしまいます。


アタマのなかで考えるものではなく
ボディで実際体験する「実践哲学」ともいうべきものが 根底にあるからです。
SOTAIに関してのご紹介は日々更新予定です。

 



  ・健康の基礎を正す
  ・症状・疾患にとらわれずにボディーの歪みを正す
  ・受け手自身が感覚を聞きわけ味わうというスタンスをとる。

 

  操体と、他の様々な療法との決定的な違いは、
  本人(一人でやるにせよ、指導者がいるにせよ)が、自分の感覚
  (快なのか、不快なのか)をからだに聞きわけ、快(きもちよさがあり、
  そのきもちの良さを味わってみたいというからだの要求感覚を満たして
  いれば、納得、満足するまで味わうというプロセスにあります。

  つまり、施術者がいても、本人が診断者であり、治療者であるわけです。

  「動かせば治る」のではなく「その動きに快適感覚があるのかないのか」
  というのがポイントです。




  操体の定義を「気持ちよく動く」「自分で動く」という定義を
  していることがありますが、それでは不十分です。

  快適感覚を 「 からだにききわけ、聞き分け、味わう」
  という指標をいれていただきたいのです。

 

 

操体法:

操体法の「法」とは。
それは、テクニックや技法ではなく、「自然の理(コトワリ)」なのではないでしょうか。
操体法というのは、創始者橋本敬三先生が
実際温古堂治療室でなさっていた、臨床の部分を指すものだと理解しています。

操体:

臨床の部分に、思想、橋本哲学をも同時に考え、実行することが操体であると理解しています。

 「快適感覚」「感覚のききわけ」が一番のキーワードです。それは、筋骨格系にとどまらす、
目線(イメージ)皮膚、呼吸なども含まれてきます。
橋本敬三師は、運動系を 「筋骨格系、軟部組織、皮膚を含めた」ものと定義しています。

 

は じ め に

 

 

操体とは、故・橋本敬三医師(1897−1993)が、 創案されたものです。

大学の神経生理学研究室におられた橋本敬三先生が、民間の病院にて治療を始めたのは昭和初期の頃。
ところが整形外科的な愁訴については西洋医学の知識を用いても「医学書通りではさっぱりだめ」(著書より)、
そのような状況のもと患者は民間療法の方に行ってしまい、またそれでよくなっていることを認識されたそうです。
そこで、民間療法(鍼、接骨など)の専門家に話を聞いたりされたと著著に書かれています。

民間療法家たちは「治せるのだけれども」何故よくなるのか、という問いには答えられませんでしたが、
橋本先生は「ボディーのバランスをとることによって、二次的に愁訴(痛みや辛さ)を解消しているのだという
ことに気づいた、と著書にあります(『生体の歪みを正す』)。筋骨格のバランス、ボディの歪みを正すことが
重要である、 ということに着目されました。
(東洋医学、民間療法に注目され、とくに昭和初期に「正體術」の高橋迪雄氏の高弟、奥村隆則氏と懇意に
されていたそうです)。

当時は、正体術と操体法の違いが曖昧なものでしたが、後には
「楽な動き」と「快適感覚(きもちのよさ)」の違いが明確になってきます。

さらに、後には身体の整復には単に構造の力学的・物理的矯正では不十分であることもつきとめ、生けるもの
には「感覚」の聞き分けがあり、「快の感覚」すなわちきもちのよさが癒しに繋がることを述べられています。

尚、操体、という名称が実際についたのは、昭和40年代後半です。

操体を一言で説明するのはなかなか難しいのですが、

東洋医学には、形態の歪み、硬結など(構造力学的)な診断法に優れていますが、
それを動かして診る(感覚分析する)、という診断方法はありませんでした。
「動かしてみれば(歪みは)わかる」、つまり運動力学的な見方は、西洋医学はもちろん、
東洋医学など、どこにも書かれていない、つまりこれは日本医学だ、と橋本先生は書かれています。


これに関して「経筋テストとかはどうなのか?」という質問がありましたが、
操体の場合「動かして感覚分析をする」というのが特徴です。可動域や関節の硬さを診るのでは
ありません。こうやって考えると、「可動域があるが痛い」「可動域が少ないが快適感覚が
ききわけられる」など、本人にしかわからない感覚を診断分析しているのです。

もちろん、構造力学的な診方(視診、触診)も、重要ですが、それに
加えて、運動力学的な診方(動診+感覚分析)があるのが、操体です。


カラダを動かしてみて(動診)、感覚の聞きわけ(快か不快)を行い、快適感覚、
あるいは、味わってみたいという要求があれば、からだが満足するまで味わう。

単に動かすのではなく(動かせば良くなる)のではなく、動かしてみて、快か不快かを
からだにききわける。その感覚は、本人にしかわからないものだから。

誘導は的確に、ご本人の快適感覚の聞きわけには、一番注意をはらう。

操体の専門家は、感覚を聞きわけていただくためのノウハウ、講習を受けています。

尚、一般向けに発売されている操体の書籍は、発売後30数年を経ても改定されていないものもあり、
一般的には
・楽なほうに、息を吐きながら、動かして瞬間脱力する、というように解釈されている傾向がある
 ようですが、85才を越えられてから、親しい弟子の方々に

・楽と気持ちよさは違う
・回数も脱力の仕方も、操法の行程も、すべて、気持ちよさに委ねる
・動きより感覚の勉強をせよ
・呼吸は自然呼吸でよい

と、言われています。また、「自分には(操体をもっと研究する)時間がない」ともおっしゃられて
います。その事実を踏まえ、操体は進化の過程を歩むべきではないでしょうか。

 



1.4つのバランス

息・食・動・想(そく・しょく・どう・そう)

 

 

 

 操体では「息・食・動・想」の4つを「誰も肩代わりしてくれない人間としての最低限責任生活」としています。
つまり、この4つは自分でコントロールできる、自律可能なことです。

・呼吸(息をする))によって人間の重心は移動します。立位で呼気吸気を試してみると、足底にかかる体重の位置が変化します。
 呼吸と動きも密接に繋がっているのです。
 

・精神活動(想い)。怒りにまかせて肩をいからせると、肩が上がり、首は前傾してきます。感情とからだ(動)
 の相関性です。

・動き(動)からだには「重心安定の法則」と、「重心移動の法則」に基づいたからだの使い方
 ともいうべき指標があり、「般若経」と言います。これに反するとからだのバランスが崩れてきます。
 
使い方をまちがえたために、バランスが崩れ、ボディに歪みが生じてきます。(次項「身体の歪み」参照)
 

・食については、バランス良く摂るのが一番ですが、橋本先生は著書の中で、成人人間の歯は28本であり、
 8本(前歯)は野菜などを切る歯、犬歯(4本)は肉類を噛み切る歯、大臼歯小臼歯合わせて16本は、穀物、
 海草などをすりつぶして食べる歯と分類しています。これは人間の歯の数と食べ物の関連性を説いたもので、
 肉1:野菜2:雑穀、海草類4 の割合で食事をとるのが、人間にとって適っているという考えです。

 この4つは、どれかの営みが悪くなると、それに伴って、他も悪くなっていき、どれかの営みが良くなってくる
 と、他も良くなってくる、というルールがあります。「同時相関相補連動性」と言います。

 

ごく簡単にまとめてみました。

 

 


2.身体の歪み

 

 

人間には、ボディの規格があります。ボディの使い方には法則(ルール)があり『身体運動の法則』
(からだの使い方:重心安定の法則、からだの動かし方:重心移動の法則、とも言います) その法則からはずれると、
バランスを崩し、ボディに歪みが生じます。逆に言えば、何らかの症状疾患を持っている、不調を訴えている方は、
ボディに歪みが ない、ということはまずありません。

 身体が歪むのは、この「からだの使い方、動かし方」のルール、法則にはずれた使い方をしたためで、つまり
日常不自然なからだの使い方を続けたために、全身のバランスを崩し、その結果立位でのバランスを保とうと
身体が 自然と骨盤から頭へ向かって調整した結果の形です。歪んでいるから悪いのではな
く、あくまで、ルールにはずれたからだの使い方を続けた結果と見ます。

筋・骨格の歪み(ゆがみ・ひずみ)により、とくに脊柱には内臓や身体の各器官に関係する様々な神経が繋がって
いることから、アンバランス、つまり不健康な状態な状態や、症状、疾患が派生してきます。

しかし、歪んだからだは、そこまでしてバランスをとっている、というからだからの健気な姿勢でもあります
(だから、いとしおしんであげましょう)。
これを「不自然の自然」と言います。

例えば、腰が曲がっている場合、何らかの疾患、怪我で、アンバランスな姿勢で過ごしてきている場合など、
その方が、今のからだに適した姿の表現なのです。

また、猫背やO脚等形態的変容においては骨が曲がったり変形しているのではなく、
「筋・軟部組織」のアンバランスが原因となっています。

なお、上半身・上肢(腕、手)の異常感覚や、顎関節(かみしめてしまい、顎から首、
肩へのトラブルが多発すること) 関係、パソコンのマウスの扱い方なども無視できません。

どうしたらボディが歪まないのでしょう?という質問を受けることがありますが、
人間、動くのですから絶対メンテナンスは必要です。使いっぱなしではなく、手入れが必要です。
それが、操体の説くところの、快適感覚、すなわち治癒力なのです。
どういうことかというと、使わせていただいたからだ、今日も付き合ってくれたからだに対して、
「きもちよさ」で、いたわり、ねぎらってあげましょう、ということです。



3.病気になる順序と治る順序

 


ある日、朝起きたら体が壊れていた・・・こういうことはありません。
何らかのサインがあったはずです。

私たちのからだは何らかの不調があると必ず身体の動きに異常を感じます。

各愁訴に対し現代医学(主に西洋医学)の処置としては専ら対症療法を用いることとなります。
勿論、必要な時もあります。


愁訴はある日急に現れたのものではありません。
何らかの異常を感じていた
はずなのです(異常感覚、微症状)。それぞれの愁訴は実は結果なのです。

身体が歪体になる(形態・運動的にゆがむ) > 身体の異常感覚(何となくおかしい:非特異的症状:病名が
つかない微症状) > 機能異常(半病気症状がでる) > ※器質破壊(特異的症状:病名がつく) > 
治療・自然の法則にしたがって生きる> 歪体が正体になる(逆転) > 感覚の正常化 > 第1次消去(機能正常化) > 第2次消去(器質破壊停止) >回復 ※外科的処置が必要となる場合がある。または回復未了もある

 


 

4.快適感覚について

「快か不快かを聞き分ける」=「原始感覚」= きもちよさ

 

 

 

人間も生物学的に言えば動物なのですが、二本足で立つという進化を選択した時に、大きく変化しました。
特別大きな大脳を持つために、理性というものが生まれ、私達は自然(本能)と
理性・知性の中間で活動している、 珍しい生物だと言えます。

最近の、脳内分子生理学の研究で、細胞レベルで「生命は快に向かう」という橋本哲学の謎も解き明かされ
つつあります。

原始感覚

「原始感覚」というのは、生物に備わった「快か不快かを聞き分ける能力」のことを言います。
それは、『生命は快に従う』という、自然の法則にのっとったもので、その「快」を「治癒力」と
すればその関係性がわかるでしょう。『快適感覚、すなわち治癒力を聞きわける能力が、原始感覚である』

きもちよさ=原始感覚

快適感覚については更に解説をしていきたいと思います。

 


 

5.操法について

 

 

操体を定義すると、「快適感覚の最高を聞き分け、味わうこと」

操体の定義を「気持ちよく動く」「自分で動く」という定義をしていることがありますが、
それでは不十分です。動く、というキーワードの前に「からだに聞き分け、味わう」という
指標をいれていただきたいのです。

「動診」というのは、操体独自の診断・分析法です。
人間の関節には8種類の動きがあります。首でしたら、前屈、後屈、右捻転、左捻転、
右側屈、左側屈(前に倒す、後ろに倒す、右に捻る、左に捻る、右に倒す、左に倒す、
このほか、自分ではできない場合もありますが、牽引(引き込む)、圧迫(押し込む)
です。これらをからだの規格(ツクリ、構造)に従って、動かしてみて、感覚の聞きわけ
を行うのが、動診です。

動かしてみて、感覚をききわけてみる、というのが「診断」
聞きわけた感覚に快適感覚があったら、それを味わう、というのが「治療(いやし)」です。

「気持ちよさ」はし決して「可動域が広い方向」とは限りません。操体は体操やストレッチング、
エクササイズではありませんから。

 

なぜ気持ち良さを味わい、からだに通すと、愁訴の改善がみられるのか。
「生命は快に向かう」というシンプルな事実を受け止めるしかありません。


 

 

 

 

 

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